目についたものを何でも

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- : スポンサー広告 :
Pagetop

京都嵯峨野 御髪神社

kami

京都嵯峨野にある野宮神社から大河内山荘を経て、常寂光寺に至る観光道に小倉池という池があるが、その池のほとりにある小さな神社が御髪神社である。なんとなく「何かに引っ張られる様に」そこを訪れた。板に神社の由来が書かれていたので、何気なく写真を撮った。左半分に書かれているのは(写真をクリックすれば拡大します)
髪は人身の最上位にあって造化の神より賜った美しい自然の冠であると共に生前にも残し得る唯一の分身として大きな恩恵に感謝する為副神として納祭し祈拝されると記されている。要は「髪は人間の一番上に有って、神様より賜った自然のカンムリである。さらにそれは生前に残せる唯一の分身である。したがって、その大きな恩恵にあずかる為にこの神社に納められ、拝まれる」と言うことである。
しかし、冠が無かったら生前に残す事はできない。この文言は挑発的で私には納得できない。神とは万人の為に存在するものではなかろうか? 髪はどうだかわからないが....。
2005-09-04 : 面白街角写真京都編 : コメント : 0 : トラックバック : 0
Pagetop
コメントの投稿
非公開コメント

Pagetop
« next  ホーム  prev »
FC2ブログランキング
Pagetop

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

プロフィール

FC2カウンター

QRコード

QRコード

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。