昨日は中学校の同級会の打ち合わせだった。
うどん屋の社長、歯医者、宮司、神輿を担ぐ呉服店の娘、学校の先生など各クラスの幹事が10名参加した。
その中に小学校1年生時代のクラスメートでもあり、私の初恋の人「伊津子ちゃん」もいた。
その伊津子ちゃんが、何とこの前会った時より10kgも太ったと言う。それもニコニコして元気そうに言うのである。
確かに太い!二の腕なんかこの私より太い!
まあ、古い言い回しをすると「なんちゅーか、本中華」であるが、10k太っても伊津子ちゃんは伊津子ちゃんである。自分でも何を言ってるのかわからないが、男性なら私の気持ちもなんとなく分るであろう。太ってブタになろうともトドになろうとも、私にとってはやはり小学校1年生の頃の伊津子ちゃんなのである。
はらはらと たたみに落つる 白粉は 君の目尻の 白雪かも
本日は、まるで大伴旅人の様な格調高い短歌が詠めてまあまあ満足である。
はらはらと、何かが宙を舞いながら畳に舞い落ちている。オレンジ色の光を反射して非常に美しい。いったい何であろうかと思いつつ愛おしい人の横顔を見たら、彼女の目尻の皺の溝に溜まっていたファンデーションがポロポロはげ落ちている。一瞬あせって言葉を失ったが、その無邪気な顔を見ていると、たとえヒビの入ったセメントの様なファンデーションであっても、私にはまるで白雪の様に見える。
と言う歌である。我ながら悠久の愛を感じさせる秀作である。
まあ、初恋のイメージは見事に崩れ去ったが、今の所伊津子ちゃんはファンデーション事件で落ち着いている。あと何年かしたら「入れ歯が落ちたと」か「髪が抜け落ちた」とか「失禁した」とか、色々な物が下に落ちてくるであろう。まだ目尻の皺くらいは可愛い方である。
追記
俳句処、我が松山では「俳句甲子園」なるものを毎年開催している。
正直言って「今時の若い者が俳句なんてジジ臭いな〜」と私は思っていた。
しかし、いざ自分で詠んでみようと思うと、俳句、川柳、短歌どれをとっても「好奇心が強く、感受性が強く、語彙が豊富で、ユーモアがあり、・・」この様な人間でないとなかなか難しい。
私の句などは別に勉強した訳でもなく自己流である。専門家から見ると自己流ならではの欠点もあるのだろうが、そんな事は私にとってはどうでも良い。言葉を選びながら何とか形になった時の喜びが有ればそれで十分である。
縁あってこのブログを見ている方は是非一度、俳句なり川柳なりを作ってみて欲しい。かなり頭を悩ますはずである。先程の俳句甲子園の話に戻るが、今、若者達の間で日本語が乱れていると言う。しかし彼らもやろうと思えば美しい日本語を使えると私は思う。何故なら今時の若い者は素晴らしい句を詠む。

2年程前、血液検査の結果が悪かった為、医者から毎日30分の散歩や水泳、摂取カロリーは1日1600kcalと言われた。
昔、市内の水泳大会に出た位だから泳ぐ事は別に苦にならないが、泳ぐ事自体が単純作業なのですぐに飽きてしまう。走る事もどちらかと言うと得意で、小6の時に松山市の大会で1位になり賞状をもらった。(中学生の頃は陸上部より早かったし、高校時代までは陸上部と対等に戦えた。こんな話をしても今や誰も信じてくれない。信じてくれるのは当時の同級生とお袋だけである)が、しかし、そんな私が走れない!。ゼイ肉の上下運動による慣性エネルギーが、「前方に走る」と言うパワーよりも大きいらしい。
水泳は退屈だし、ジョギングは無理となると「歩く」しか選択の余地は無い。 しかしこの「歩く」という行為が非常に面白い。別にドーパミンが出てウォーカーズ・ハイになると言う訳ではないのだろうが非常に面白い。 まず、景色が違う。自転車や車のスピードでは見えない物が見える。それに風切り音が無いので「音」が聞こえる。それと「手で触れる」事ができる。昆虫や植物はもちろんだが、石や建物の「触感」を感じる事ができる。
現在、ほぼ毎日30分は散歩する。休みの日は1時間半程は歩く。特にお気に入りのコースは自宅から道後まで行き、椿湯に入って帰ると言う約2時間程のコースである。
道後温泉本館は観光客が多いので私はいつも椿湯に行く。大きな浴槽が1つあるだけである。その浴槽の奥、中央に大理石で作られた大きな湯口がある。この大きな湯口の両サイドは地元道後の重鎮達の指定席であるが、この湯口の「左側で寝ると死ぬ」と言う噂が流れた時期があった。重鎮達はかなりの歳で重鎮というより、かなりの「粗チン」になっているが、その地元の粗チン達が次々と謎の死を遂げるというのである。まさにツタンカーメンの呪いの様な話である。実際問題、ある時期この場所には誰も座りたがらない時が有ったらしい。
この粗チン達は湯口の両サイドで風呂桶を枕にして寝ている事が多い。一見すると死んでいる様にも見える。中にはいつも顔を合わす風呂友達が死んでないかを確かめる為に、足先でチョンチョンとつついている粗チンもいる。
ほとんどの場合、彼らは上を向いて、右腕を額の上に置き、口を開けて、足を組んで、粗チンの部分は一応タオルで隠して寝るというパターンである。たまにタオルがズレ落ちてチンが顔を出している事もある。その場合は隣の重鎮、いや、粗チンが優しくタオルを掛けてやるというほほえましい光景を目にする事もある。
1週間前に私は椿湯に行ったが、その時重鎮達は「手術跡」に関して盛り上がっていた。
「あんた、それ胃の手術かな?面白いとこに跡があるな〜」
「いや、膵臓よ。今年のはじめにやったんよ」
「うまい事やっとるな〜。どこでやったっん?」
「日赤よ。うまいことやっとろがな〜」
「それはうまいわい!わしは胃がんの手術やけどな〜、これ見と〜みや〜、こんな不細工な事したらいかんわいな〜。こんな切り方やったらうちのカーチャンでもできらい」
「ほ〜やな〜。それやったら、そこらの寿司屋の大将の方がうまいわい。ガハハハッ〜」
まるで家のリフォームである。
この会話が発端で次々と「手術跡持ち」が集まってきた。私の目の前である。中には入れ墨持ちもいた。入れ墨持ちにはこれと言って手術跡は見当たら無かったが指が無かった。さすがに指の上手な落とし方の講釈はしてなかった。聞く所によると彼らは初対面であるが、やはり裸の付き合いは瞬時に「友達」にしてしまう。
何故、左側だけが死ぬのか?いろいろ観察してみた結果、ある事が判明した。 私も実際に重鎮達と同じ格好をして寝てみた所、そこは浴室入り口のガラスのドアを開けると冷たい空気が直撃する場所なのである。おそらく、日曜日などの入浴客が多い日は結構スースー冷たい空気が当たるのではないだろうか。その結果急激な血圧変動を起こし、心臓マヒに至ったと私は推測する。上の写真も左側には誰もいない。
一昨年頃から、道後温泉も消毒用の塩素問題が話題になった。間違いなく湯質は低下したと感じる。だが、私に言わせれば塩素問題よりも、重鎮達をいかに守るかを検討する事が先決と感じる。
・「ここで寝ると死にます」という看板を作る。 ・寝姿マネキンを作っていつもその場所に寝かせておく。 ・重鎮達にサークルを結成させ(例えば”手術跡を偲ぶ会”)、とにかく会話に弾みをつけ、寝かせない。ヒマラヤでも「寝たら死ぬ」のである。 早急にこれらの対策を講じて頂きたいものである。
本日の句。
本日の句は私の作ではない。かの種田山頭火の句である。以前、仕事の関係で山頭火の事を色々と調べた。その中で温泉に関する句で、かつ最も印象に残った作品である。
朝湯 こんこん あふれる まんなかの わたし (種田山頭火)
山頭火は自由律俳句と呼ばれ、決まり事に縛られない自由な作風である。「それなら自分にもできそうだ」と思うが、これがなかなか難しい。やはり我々凡人には五七五の方が考えやすい。
つい最近「国歌斉唱問題」「国旗掲揚」問題が新聞紙上を賑わせた。これは学校行事進行時において発生する問題であるが、まあ毎年の恒例の行事みたいなものである。でも、いつだったか自殺者が出たくらいだから「当の本人」にとっては重要な事とみえる。
聞く所によると「国歌斉唱問題」と言うより「国歌斉唱時に起立するかどうかの問題」の様である。実際問題、「大声張り上げて国歌を歌わなくても、百歩譲って全く歌わなくても、起立さえしてくれたなら式典の進行がスムースに行く」という事らしい。私自身は「国歌斉唱」「国旗掲揚」については何ら思想はもっておらず、別に起立して歌っても抵抗は無い。もちろん一所懸命になって歌う事は無い。ただ、オリンピックやワールドカップ時に国歌が流れると「国」を意識する。
そう言えばテポドンが飛んで来た時も私は「国」を意識した。とは言ってもテポドン問題については私は全く心配してない。何故かと言うと、来月から吉野家が「ギュウドン」をコンスタントに飛ばし始めるらしいし、我が国には「ウナドン、オヤコドン、カツドン、ウニドン」をはじめ「海鮮丼」という「核兵器に勝るとも劣らないドン」を持っているからだ。それに「ヒレカツドン」と言った新進気鋭のドンもある。ただ、一つ気になるのは北朝鮮がテポドンの後継機種として「キムチドン」を開発してきた時である。なかなか厄介な問題である。我々日本人が想像だにしない隠し味を開発するに違いない。キムジョンイル恐るべし!安倍総理には国家的事業として「新たなドンの開発」をお願いしたい。その為には吉野家及びなか卯、そして三菱重工の業務提携が必須であろう。その時は私がアドバイザーとして参加したい。
話は変わるが、こう言った、私自身の国歌に対する意識の低さを表すものとして「サザレイシが何の事かつい最近まで知らなかった」と言う事がある。写真は京都下鴨神社にある「さざれいし」である。ただし、細石(さざれいし)自体は学名を石灰質角礫岩と言い、長い年月をかけて溶解した石灰質が多くの小石を集めて大きく成長したものであるらしい。そんな訳で日本全国津々浦々に細石は有る。まあ、あんまり綺麗な石では無いが、と言うより汚いが、逆にそれが歴史を感じさせて良いのかも知れない。
最近絶不調であるが、下鴨神社の細石を見て一句
さざれいし 待てど暮らせど 苔生さず どうせ生すなら 我が御髪かな※僭越ながら 生す=むす 御髪=みぐし と読みます。
どう言う訳か急にアマチュア無線のトランシーバーが欲しくなった。買うつもりは無いので、数人の友人に声を掛けたらかけたらタダで譲ってくれる人が見つかった。SNSで言うところの「友人の友人」である。Trio TS820-Vという機種で岡山県から我が家に届いた。届いたのは良いが想像以上にデカくて重い!おまけに臭い! 当然女房の機嫌が悪い。
以下は夫婦の会話である。
女房「なんでまたこんなゴミみたいなもんが部屋の真ん中に有るんよ!」「ただでさえ家の中はお父さんと◎◎のガラクタだらけやのに〜。ガラクタをかき分けながら掃除するん大変なんよ!この前も掃除機で何か吸い込んだけどそのまま捨てた!ギターのピックなんか何枚吸い込んだかわからん!!」注釈(◎◎は息子の名前。確かに部屋の中は分解したパソコンの部品やオーディオ用のコイル、コンデンサー、トランス、ラジコン用エンジンの部品、CD、MDなど細々した物が散乱している)
私「いや、これは南海大地震が起きた時に電話が通じんなった時の為の緊急連絡用なんよ女房「ほーっ、そうなん。それはええけど、お父さん免許持ってないんじゃない?」 私「免許が無かったら送信はできんけど、受信はできらい!」女房「送信ができんのになんで緊急連絡ができるん!?」私「・・・・」以上で終了。当然の事ながらTS-820は部屋の片隅に追いやられた。
本来、私のブログは面白い写真を掲載・紹介すると言うのが趣旨である。したがって、いつもちっちゃなデジカメを携帯している。しかし、最近、絶不調で面白い写真がなかなか見つからない。例えば、毎朝自分の家の前をシッポで掃除する綺麗好きの犬とか、横断歩道を手を上げて渡る猫とかがいればすぐにでも飛んで行くのだが、なかなかそういうネタは見つからない。したがって、最近の私の記事には写真が無い。非常に不本意である。大スランプである。
まあ、掲載写真は無くとも川柳DNAを有する私はこんなアホな記事なら、いつ如何なる時でも投稿できる。
実は私はギタリストである。
様々な曲を演奏するが、先日ある所でサンタナのサンバ・パティと言う曲を演奏した。サンタナの曲の中で私の最も好きな曲である。メロディーの綺麗なスローバラードである。
イントロはギターからラシドレミソレーと入る。この瞬間オナラが出そうになった。イントロ後32小節は全体的に音を抑え気味で演奏する。狭い場所でもあるし、むやみにオナラをするとお客に聞こえてしまう。方法は2つ。バックのパーカッションの音に合わせてオナラをするという高度なテクニック、或いは33小節目以降の曲が盛り上がってシンバルがバーンッ!と鳴る瞬間まで我慢する。この2つしか無い。
ボンゴの
ポコンッ!という音に寸分のくるいも無くぴったり合わせなけれ音が聞こえてしまう。かつ、
プンッ!と言う歯切れの良いオナラ音でないと駄目だ。
スーッ!ならドラムのブラシの音に紛れるかも知れない。しかし、
ブワあーツ!なら最悪だ!
この32小節の間に様々な不安が頭をよぎる。お尻からミストーンが今にも出そうな状況の中、ましてギターでミストーンを出す訳にはいかない。今まで経験した事の無いすごいプレッシャーだ。汗が出て来た。
人間、極限まで追い込まれると、とっさに良いアイデアが生まれる。
リードギターなので中央、一番前で演奏するが、アンプの音色が気に入らず、調整する様なふりをして、お客の方を向いたままあとずさり。次にギターアンプのスピーカーに直接お尻を付けて、アンプのボリュームを上げる。それと同時に強めのピッキングとチョーキング。スピーカーにお尻が覆いかぶさっているので、ボリュームを上げても極端な音量変化は無い。その瞬間に
ブッ!。この方法で事無きを得た。皆さんもお試しあれ!。
ここで 短歌を詠む
さんたなの にほいかぐわし 夏風の 音に消えたり 我がかほりかな
「アララギ派」というのが明治時代にあったが、私が主宰するのは「アラララ歯」である。
最近、歳とともに歯が弱くなった。リンゴをかじると歯茎から血が出る人は是非「アラララ歯」に入会されたし!今なら「デンターライオンを無料で進呈キャンペーン」実施中!
まあ、今回も含めて毎回毎回アホな投稿をしているが、全て実話である。
しかし、何の役にも立たない記事を読んで、笑ってくれる読者がいる限りやめる訳にはいかない。
昨日の雨のせいか、今日、出勤途中チャリをぶっ飛ばしていると、ミミズを沢山見た。そこで、思い出した事がある。
小さい頃、誰かに「ミミズにおしっこをかけるとオチンチンが腫れる!」と言われた。実際にオシッコをかけると直ぐに結果を確認できるが、なかなかその勇気がない。「でもやっぱりかけてみたい!」この葛藤の中で、私はまずアリンコにオシッコをかけてみた。けっこう人間のオシッコはアンモニアのせいか何か知らないが、アリンコにダメージを与える。トカゲにもかけた。バッタにもかけた。てんとう虫にもかけた。でもなかなかミミズにはかける勇気が無い。結局、この歳になるまでミミズにはかけた事がない。
小学生時代、海浜動物の観察と言う事でクラス全員で海辺に行った。 2対6対2の理論で必ず20%はアホなやつがいる。ある一人が、あれほど先生が「気を付ける様に!」と言っていた「ハオコゼ」を踏んだ。背びれに毒がある魚である。それに気づいた一人がすぐに飛んで行き「オシッコにはアンモニアが入っとるけん効くんじゃ〜」と言って、おもむろに自分のオチンチンを引っぱり出してかけだした。でも、刺された部分に命中しない。噴水状態である。刺されたのは足の裏に近い所であるのだが、噴水状態なのでズボンやらシャツやら手やら、騒ぎに気づいて駆けつけた先生のズボンにまでかかってしまった。 そんなこんなで、刺されたヤツとオシッコをかけたヤツが喧嘩になり散々な観察会であった。先生はグッと怒りを抑えていた。 まさに「泣きっ面にオシッコ」である。
先日、トイレでオシッコをしていると便器にハエがとまっていた。ハエに狙いをつけてオシッコをかけるが、すぐに逃げてしまう。逃げるとすぐに戻って来る。また狙いをつけるがすぐに逃げる。それを追いかけてオシッコをするので、便器の外にオシッコが飛ぶ。床がオシッコでベチョベチョになり、それを拭き取ってきれいにするのにかなり時間がかかった。腹が立ったのでキンチョールでハエをやっつけた。 全くアホな話であるが大抵の男ならやってるはずである。間違いなく1度や2度はハエを狙ってトイレをベチョベチョにしてるはずである。
台風シーズンともなると、うちの会社の近所がざわめいてくる。
我が社は建物が老朽化している上、何とかかんとか地区(準商業地域だったかな〜)に指定されており、建て直しができない。したがって、創業当初から残っている部分はまさに、登呂遺跡状態である。 大雨の度に修理を重ねるが、これも「いたちごっこ」である。
3年程前だったろうか、号数までは覚えてないがけっこう大きな台風が松山を直撃した。 始めに大雨の為に2階の天井が抜け落ちた。幸いな事に下に人がいなかったので事無きを得た。社員はヘルメットをかぶり、カッパを着用して仕事をした。まるで屋外の工事現場状況である。会社の中で雨に打たれながらカッパを着て仕事をする会社なんて私は初めて見た。
徐々に風が強くなった。建物南側のトタンが吹き飛んだ。トタンの下はと言うと薄っぺらいベニア板を、腕の悪い大工が貼った様な状態である。ようするに、道路を歩いていると外から丸見えなのである。近所の人が物珍しそうに覗き込んでいる。中では社員が傘をさして仕事をしている。雨漏りの為そこらじゅうバケツだらけである。
次に東側のトタンが吹き飛びそうになり、我々男性社員はかり出された。トタンを押さえる役である。しかし、風速20mの風は凄まじい!。あえなくトタンは吹き飛んだ。その一部始終を向かい側の済美高校の生徒達が拍手しながら見ていた。声援が心強かった。できる事なら次回は応援団とブラバンの出動を要請したい。さらに、近所の「あいテレビ」にも中継をお願いしたい。
それと同時に社員が大切に育てていたサボテンの鉢が3階から下の駐車場へ落ちた。下には社員の車が停めてあり、ボンネット直撃である。しかし、彼は何の動揺も見せない。これで3回目。慣れっ子になっているのである。
これら一部始終を近所の住民は見ている訳である。 したがって、「今度の台風でどこが吹き飛ぶか?何が宙を舞うか?どうせなら社長に宙を舞って欲しい!吹けよ風!!呼べよ嵐!!」近所の住民の話題はこれに集中する。
まあ、こういった話題の提供も地域貢献の一つかも知れない。ただ、今一つ景気が悪い今、会社全体が吹き飛ぶ事も十分考えられ、我々社員は戦々恐々である。
第一生命のサラリーマン川柳を見た事があるだろうか?例えば、私の好きな川柳はと言うと
・デジカメの エサはなんだと 孫に聞く
・ドットコム どこが混むのと 聞く上司
・「ゴハンよ」と 呼ばれて行けば タマだった (特にこの句は私の為に詠まれた様なものでる)
これらは全て歴代1位の作品である。
川柳は俳句と同じように五七五であるが、俳句の様に季語がどうのこうの韻律がどうのこうの決まり事が無い。したがってとっつき易いと言われている。しかし!これがいざやってみると難しい。俳句処松山生まれの私にも非常に難しい!
私はいわゆるシンガーソングライターと言われているミュージシャン達に是非、俳句・川柳を勧めたい。たった17文字で表現できる世界を追及することで、より聞く側に訴える詩(うた)が作れるのではなかろうか。意味の無いダラダラと長い詩よりも17文字の方がはるかに相手の心に響く。
我々松山生まれの人間には、オギャーと生まれ落ちた時には、既に「川柳DNA」が組み込まれているのである。
そこで今回、私が若手ミュージシャンの為に模範を示す。
「リアップの 効果なくとも 鼻毛伸ぶ」 人間の奥底に潜む「わびしさ、切なさ、寂しさ」が間接的に読者に伝わる見事な出来映えである。鏡の前で一人寂しく佇む姿が目に浮かぶ。
おそらくこの句は私の最高傑作になるであろう。
このくらいの川柳が瞬時に思い浮かばなければ、良い歌は作れないのである。

この写真は我が家の愛犬ロージーである。残念な事に今年3月に満10歳で他界してしまった。頭についているのはちっちゃなリボンである。 ロージーは、私がどんなに酔って夜中に帰ってもシッポを振って迎えに出てきた。その頃女房はカツオの様な口をして、イビキをかき、お腹をポリポリ掻きながら寝ている。 何故ロージーなのか?これはジャズボーカリストのローズマリー・クルーニーの愛称から命名した。昔飼っていたアヒルはジョン・コルトレーンの奥さんであるアリス・コルトレーンをもじって、アリス・アヒル・コルトレーンと命名した。通称コルちゃんである。コルちゃんは家のお風呂で泳いでいた。そして、今我が家の住人である2匹のウーパールーパーはベイちゃんとエラちゃんである。ご想像の通りエラ・フィッツジェラルドとカウント・ベイシーである。 また近い内に犬を飼うと思うが、現在、我が家ではそのネーミングでモメている。女の子ならサラ、アニタ、カーメン、ジュリー・・・何でも良いのだが、呼ぶ時に「か行」の方が良いそうである。「かきくけこ」のいわゆる「モーラ(母音と子音が含まれる)」が犬にとって聞き取り易いのだと思うが、この条件を満たすネーミングを考えるとなるとかなり骨が折れる。

先日、近所を例によってチャリでぶっ飛ばしていると驚いて腰を抜かしそうになった。顔色があまりにも悪くチアノーゼ状態を呈しているので、きっと心臓が悪いんでしょう。ひょっとすると肝臓が悪いのかもしれませんが。肝臓にはウコンが良いとかアサリのみそ汁を飲めとか言われますが、最近ではアルギニンが評判です。アルギニンは、アミノ酸としてタンパク質の成分として働くだけではなく、それ自体が体の中で変化して、いろいろな重要な働きをします。そのため、アミノ酸を超えた働きをするアミノ酸ということで『超アミノ酸』と呼ばれています。アルギニンを補充すると、老化や老化病や生活習慣病、あるいは感染症やがんなどの異常や病気が予防されたり改善されることが知られています。
それより何より、私の大好きな映画であるメルギブソン主演の「マッドマックス」にこんなお兄ちゃんがバイクに乗って、多数出演していた様に思います。1970年から80年代にかけて流行った、いわゆる「モヒカン」です。私にはモヒカンは無理です。せいぜい、大五郎カットです。それも最近無理かもしれないです。とほほ・・・。

吉川英治の宮本武蔵は愛読書の一つであるが、先日京都へ遊びに行った時、レンチャリをぶっ飛ばして、以前から行きたかった武蔵決闘の場の「一乗寺下り松」へ行った。でもがっかり.....。まあ、こんなもんかなーと「むなしい」気持ち。でも近所にある詩仙堂は最高に良かった。紅葉のシーズンにもう一度訪れたい場所である。 翌日もレンチャリを飛ばして壬生方面へ。お腹がすいたのでキョロキョロお食事処を探していると、目に入ったのがこの写真。何と!「宮本むなし」ではないか!!正に昨日の自分を表現した見事なネーミング!。安いし、速いし、そこそこ美味しかった。ここはお勧めです。場所は烏丸御池だったと思います。四国では見る事はないが関西では有名なチェーン店であるそうな。

かの哀愁のヨーロッパで有名なサンタナが日本名「天の守護神」をリリースしたのは、たぶん私が中3の時であった様に思う。裸の黒人女性の、守護神と言うよりシャーマン風の妖艶なイラストが非常に気に入った覚えがある。今でもこのレコードジャケットは大好きである。日本名は「天の守護神」であるがオリジナルは「
アブラクサス」である。フリートウッドマックのブラック・マジック・ウーマンをカバーして世界的にヒットしたアルバムである。そのCD版を最近友人である吟ちゃんに借りた。ボーナストラックが入っているのである。 「
アブラクサス」の意味は今でも知らないが、その当時の15・16歳の我々男子高校生は正に「油臭す」であった。それから派生して「ヘモクサス」という造語もできた。「屁も臭す」である。どういう使い方をするかと言うと、クラス内でいかにも2・3日風呂に入ってなさそうな奴を見つけては「お前
アブラクサス!」と言うだけである。サンタナなんてクラスの中で知っている人間はごく1部だから言われた方は何の事やらさっぱり訳が分からない。しかしとりあえず怒る。そのタイミングを見計らって「ヘモクサス!」と言って逃げる。ただそれだけである。相手も「また、あつらがアホな事言いよる」としか思ってないので、別にイジメにもならない。 この件でクラス中の女生徒から我々がヒンシュクをかったのは言うまでもない。 4・5年前、某ホームセンターの男性化粧品コーナーで「アンギラス」という商品名の油取り紙と言うか、ペーパータオルの様なものを見つけた。メントールが入って夏場は気持ちいい。このネーミングが気に入りしばらく買い続けたが、2年程前に姿を消した。たぶんレジまで持って行くのに抵抗感がある人が多く、あまり売れなかったのだろう。「私はアブラぎっています!」と自己申告しているようなものである。マンダムが発売していたように思う。このネーミングを考えたのは、おそらくウルトラマンファンであろう。 昔、友達に「お前
アブラクサス!」と言っては喜んでいた私であるが、今になって私自身が女房から「
アブラクサス!」と言われている。こういう時にこそ「アンギラス」が再発売されると強い見方になるのだが...。